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『Summer Summer Summer』

















「おーい、一緒にプール行こうぜぇ」

開け放っている庭の窓から、野球帽をかぶったショウタが白い歯を覗かせて笑う。

「…いや、僕はいいよ。」

一瞬ショウタに視線をやって、この家の住人、タダシは読みかけの本に目を戻した。

「…」
「おいショウタ、そんなヤツ放っておいて、早くプール行こうぜ!」
「…あ、うん!じゃ、また明日な!」

明日も来る気かと、タダシはうんざりした。
転校生の自分を気に掛けてくれるのはありがたいが、あまり回りによく思われていないことが
判っているため、転校から半年経った今でもクラスにとけ込めないでいた。

「…夏休みか…何冊本が読めるかな。」

軒下の風鈴が風に揺れ、ちりんと涼しげな音をたてた。
じっとりとした汗にずり落ちたメガネを直すと、タダシはまた、本を読みふけった。













『Summer Summer Summer』

















「ありがとうございましたー」

自動ドアが開き、むわっとした外気がタダシの体を包んだ。
もう家に読む本がなかったので、こうして新しい本を仕入れに来た。

「…暑いからあんまり夏は好きじゃないんだよなぁ」

誰に云うとでもなしに、タダシは家へと足を進めていく。

「少し休んで行くか。」

このところずっと家にこもりがちだったので、少しは外の空気に触れた方がいいかと思ったか、
タダシは帰り道にある小さな公園のベンチに寄った。

「はぁ。」

半年前にやって来たこの街は、以前に住んでいた所よりもずっと田舎で、退屈な街だった。
友達も知り合いも誰も居ない、刺激も何もない街。
まだまだ幼いタダシにとっては、ここにいること自体が苦痛でしょうがなかった。

「ため息ついて、どうしたの?」

ふと顔を上げると、太陽を背負ってひとりの少年が覗き込んでいた。

「つまらない?」

にっこり笑うその少年は肩まである茶色い髪の毛が印象的で、太陽に透けて、
溶けていきそうな少年だった。

「いや…」
「楽しいこと、教えてあげるよ。」
「えぇっ?!」

少年はタダシの手を取ると、そのまま手を引っ張って走りだした。

「ちょ…君っ!!」
「つまらない顔してちゃ、何も面白くないよ?タダシ君。」
「っ?!君、なんで僕の名前…」
「僕は君のことならなんでも知ってるよ、タダシ君。」

その少年はまたにっこりと笑い、タダシを見つめた。

「…君の名前は?」
「僕?僕はナツオ。」
「ナツオ?」
「『夏を追う』って書いて、ナツオだよ。」















「いってきまーす!」
「匡史ー、どこ行くのー?」
「ナツオ君と遊んでくるー!」

8月も後半、蝉がせわしく鳴き続ける。

「ナツオ!」
「やぁ、タダシ君。」

あの出会った公園で待ち合わせて、ナツオと遊ぶ。
前みたいに家でゲームしたりするのではなくて、山へ行ったりだとか、本当は入ってはいけない川で
水浴びしたりだとか、そんなことをして毎日遊んでいた。
そして今日も、タダシは何をして遊ぶのだろうかとわくわくしていた。

「ねぇ、今日は何して遊ぼうか?」
「そうだね…今日は暑いから、裏山にでも行こうか。」
「うんっ」

「あれ?タダシ?」
「どうした、ショウタ。」
「あ、いや…」

プール道具を肩にぶら下げて友達数人と公園を通りかかったショウタは、
走っていくタダシの姿を見つけた。
あれだけ誘っても、外に出ることはなかったタダシ。
なんだか気になったショウタは、

「わり、オレ今日プール行かねぇ!」
「あっ、おいショウタ!!」

タダシの姿を追って走り出していた。












「ほら、クワガタ居たよ。」
「うわぁ、ナツオは見つけるの上手だよね、さすが。」
「いやいや、タダシ君だって、そのうち上手になるよ。」

蝉がせわしく鳴く。
林の中での木陰がひんやりしていて涼しい。
タダシとナツオのふたりは、学校の裏山で虫を捕っていた。
ナツオが教えてくれることは新鮮で、あれほど退屈にしか見えなかった街がどんどん変わっていく。
夏の太陽が、きらきらと輝く。

「あついね。」
「うん、あついね。…夏ももうそろそろ…終わりかな。」
「ナツオ…?」

眩しそうにナツオは空を見上げた。
ナツオが太陽の光に溶けていきそうで、タダシはナツオに手を伸ばした。

「タダシ!!」

突然後ろからした声に驚き、そちらを見ると肩で息をしているショウタの姿があった。

「ショウ…タ?」
「さっき何やってんだ?お前…」
「何って…友達と遊んでる…」

ショウタの顔が変わる。

「何云ってんだよ、ここにはお前しか居ねぇじゃねぇかよ!!」

蝉が、鳴いていた。
此処以外に世界はないように、容赦なく降り注がれる太陽と蝉の声。

「え…?」

タダシは隣を見ると、ナツオはだた微笑んでいるのみ。

「誰と居るってんだよ!」
「どういう事なの?ナツオ!!」

太陽の光に、ナツオの姿は透けている。
それでもナツオは笑っていた。

「僕は君以外には見えない。君は、せっかくの季節なのに空も見ようとしていなかった。
もったいなくて、可哀想だと思ったんだ。空はこんなに広くて、素晴らしいのに。」
「っ…」
「せっかくの夏なのに。君の心はいつでも冬のように硬く閉じられていた。」

ショウタはタダシの横に立って、同じ方向を見た。

「誰も居ねぇよ。ここにはお前しか居ない。」
「そんな…」

目の前のナツオが、透き通るような気がした。
後ろにある木々が、ぼんやり見えるように。

「ナツオ…」
「タダシ…誰か居るのか?」
「僕の友達の…ナツオがそこに居るんだよ…」

ショウタはタダシの視線の先を見るが、ショウタには何も見えない。
見えるのは揺らめく太陽のかけらのみ。

「…誰も…」
「居るんだ!そこに!!僕に”夏”を教えてくれた、友達がそこに居るんだよ!!」
「……。」
「タダシ君。僕は君にしか見えない。」
「っ…!」

蝉時雨が耳をつんざく。
耳鳴りのように、ナツオの言葉をかき消すかのように。
タダシは立ち尽くすしかなかった。

「君は、僕以外を見ようとしてなかった。君を誘う手はたくさんあったはずなのに。」
「……。」
「夏はね、一年の中でも素敵な季節なんだ。」

ナツオの姿がどんどん消えてゆく。
うっすらと、その存在は初めからなかったことを思い知らされるように。

「たくさんの生命がきらめいて、その中には消えてゆくものもある。だけど、みんな一生懸命なんだ。
それはいつの季節でもそうだけれど。君のそのしおれた生命が、僕を呼んだ。」
「しおれた生命…?」
「そう。君はもっと笑えばいい。君の友達と一緒に。そうしたら、君はもっと輝くよ。」

ナツオはにっこり微笑んで、ショウタの前に立つ。

「ショウタ…今、君の前にナツオが立ってるよ。」
「え?!」
「タダシ君、僕の言葉を彼に伝えて。タダシ君を、よろしくって。」
「…ショウタ、ナツオが、僕のことをよろしくって。」

話を飲み込めないような顔をしていたショウタだったが、
タダシの泣きそうな目を見て、ふとタダシの頭を撫でた。

「お前の友達がそう云ってるんだな?」
「うん…」

タダシはうつむく。

「わかった。ナツオ…だったよな。安心しろ、タダシのことはオレにまかせとけ。」

ショウタは見えないであろうナツオに向かって胸を張った。

「よかった…タダシ君、彼はとてもいい人だよ。君とも合うと思う。」
「ナツオ……」

タダシの目にはもう、ナツオはほとんど透けて見えていた。
それは溢れてくる涙のせいかもしれなかった。
ナツオは儚げに笑って、ショウタを優しく抱きしめた。

「泣かないで…僕はいつでも君の傍に、ここに居るよ。だから、泣かないで」
「うん…」
「もうお別れだ。」
「うん…」

もう殆ど光に溶けたナツオの体を必死で抱きしめて、
その感触を、暖かさを忘れないように
タダシはただ泣きじゃくっていた。

「さよなら、タダシ君。」
「さよなら、ナツオ……」
「楽しかったよ――…」

腕の中にあった形は太陽の光に溶け、
残されたのは小さな胸の痛みと、気が遠くなりそうな程の蝉時雨だった。


















1年後 ―――






「匡史ー、どこ行くのー?」
「ショウタと一緒に、友達のところに行ってくるー」



「悪い、待たせた。」
「いや、オレも今来たとこ。」


夏の炎天下の下、タダシとショウタは公園のベンチで待ち合わせをしていた。

「それ、きれいだな。」

タダシの手には小さな花束が握られていた。

「だろ?じゃ、行くか。」

ふたりは笑いながら、裏山へ向かって歩き出した。

















ナツオ…

僕、ようやく判ったんだよ。

君は、夏そのものだったんだね ――

『夏を追う』、

僕はあの日から決めたんだ。

生命の限り、一生懸命生きていこうって。

きらめく夏だけじゃないと思う。

でも、苦しい季節があってこそ、輝けるんだよね。

ナツオ。

僕は、一生懸命生きていくよ。




僕だけの、『夏』を追って ―――――
















Fin



written by 卯月 琉さん





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